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鳥取地方裁判所米子支部 昭和44年(ワ)65号 判決

原告 山本喜一

右訴訟代理人弁護士 君野駿平

同 高野孝治

被告 日本パルプ工業株式会社

右代表者代表取締役 太田武雄

右訴訟代理人弁護士 藤原和男

同 渡辺修

同 竹内桃太郎

同 早崎卓三

同 宮本光雄

主文

1  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四三年一一月一日付で原告に対してなした譴責処分は無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和四四年四月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は縦一メートル、横三メートルの白紙に別紙記載の謝罪文を墨書し、これを被告会社米子工場掲示板に二週間掲示せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第二項につき仮執行宣言

二  被告

1  本件訴のうち、譴責処分の無効確認を求める部分を却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに被告敗訴の場合には仮執行許可部分につき仮執行免脱宣言

第二当事者の主張≪省略≫

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告がパルプ製品の製造を業とする株式会社であり、米子市内に米子工場があること、原告は昭和三八年三月二一日から現在に至るまで被告に雇傭されており、昭和四三年当時米子工場施設部電気室電気工作班に所属していたこと、原告が同年一〇月六日午後四時の自己の終業時刻経過後同工場構内で右電気工作班長出石幸夫および同班員の持原春義に対し本件ビラを一枚ずつ配付したこと、被告が同年一一月一日原告の右ビラ配付行為は本件了解事項、就業規則九二条一号、一二号に該当する違法行為であるとして、同規則九三条一号により、原告を譴責処分に付したことは当事者間に争いがない。

二  譴責処分無効確認部分の訴の利益について

まず本件訴のうち譴責処分の無効確認を求める部分の確認の利益について検討する。

就業規則九三条は四種類の懲戒処分をかかげ、その一号に「譴責は始末書をとり将来を戒める」と規定されていること、本件譴責処分が就業規則の右条項に基づき懲戒処分の一種としてなされたものであることは当事者間に争いがない。

ところで譴責処分とは、右就業規則にもあるとおり「始末書をとり将来を戒める」にすぎないものであるから、懲戒解雇等とは異なり、処分行為の結果が直ちに現在の雇傭関係上の地位あるいは待遇に変更をきたすという性質のものではない。しかしながら、譴責処分はあくまで企業内の懲罰である懲戒処分の一種であるから、かりに就業規則上、右譴責処分を受けた場合における不利益待遇について具体的規定の存しない場合においても、これを受けた者が当該処分自体あるいは処分の累積により、その後における雇傭契約上の地位、待遇に関し、何らかの不利益を蒙るであろうことは推認するにかたくなく(≪証拠省略≫中にも右に同趣旨の供述部分がある。)、かりに右のような影響を及ぼさないものであれば、あえて譴責処分という就業規則上の懲戒処分を設ける必要はないのであって、ただ単に事実上の注意を与えるだけで十分であるはずである。この意味において、≪証拠省略≫中、譴責処分は将来昇給等給料面で何らの不利益を受けるものではないという趣旨の供述部分は、にわかにはこれを信用することができない。すなわち、譴責処分は、その結果が直ちに雇傭関係上の地位あるいは待遇に変更をきたすものではないものの、将来において右地位、待遇に不利益な影響を及ぼすべき措置が付置させられることを予定されたものと解すべきところ、将来右影響が現実化した場合には、労働者は使用者に対し、具体的請求として右現実化した不利益の除去を訴求し得ることは当然であるが、そうすると不利益待遇がなされた都度訴を提起しなければならないこととなり、実際問題として労働者に対しかなりの困難を強いることになるし、しかも多岐にわたる権利、義務を包含する継続的雇傭関係の中で、如何なる部分が当該譴責処分に基づく不利益待遇であるのかを特定することは、かならずしも容易なものではないから(特に就業規則上譴責処分を受けた場合における不利益待遇の規定が存しない場合は、使用者側において労働者に対し、右処分と不利益待遇との因果関係を否定するのが一般的であると思料され、そうであるとすればなおさらのことである。)、不利益待遇が現実化している場合はもちろん、いまだこれが現実化していないものと認められる場合においても、過去の行為である譴責処分がはたして事実行為であるか法律行為であるかはさておき(就業規則は原告と被告との間の労働契約の内容の一部であり、譴責処分は右契約に基づく処分行為であるから、これをもって同契約上の地位ないしは待遇に将来影響を及ぼすところの法律行為であるとみなすべき余地はある。)、右処分行為を前提とする不利益待遇はすべて違法であることを宣言する意味において、端的に譴責処分の無効を確認することができるものと解するのが相当である。そしてこのように解することは、すべての懲戒処分の性質を統一的に把握する前提ともなるし(特に右譴責処分を法律行為とみなした場合)、また雇傭関係のごとく、複合的に多岐にわたる権利、義務を包含し、労使双方の立場の相違もあって、時として峻烈なる対立を生ぜしめる継続的法律関係にあっては、真の紛争の解決という意味からも妥当な結果を導くと共に、訴訟経済の要請にも合致するものというべきである。

したがって、原告は本件譴責処分の無効確認を求める利益を有するものというべきである。

三  原告は、本件了解事項は、会社施設を利用しまたは構内における政治活動一般に関するものではなく、選挙等における政治的組合活動の具体的方法についての被告および日パ労組間の単なる申し合わせにすぎず、法的な拘束力を有するものではない旨主張する。

本件了解事項が、被告と日パ労組との間で、旧労働協約改定交渉の中で問題として取り上げられ、昭和三四年一〇月三〇日旧労働協約一四条が削除されたのに関連して作成されたことおよび右了解事項の内容は「組合または組合員は会社の施設を利用しまたは構内で政治活動を主とした活動をしない。ここでいう政治活動の具体的範囲については、従来の慣行をめやすとする。」というものであることは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、旧労働協約一四条は「公民権の行使」なる見出しのもとに「会社は組合員の事業場外に於ける政治活動の自由を認めると共に組合員の公民権の行使に対しては出来る限り便宜を与える」と規定されていたこと、右規定は、労使間において構内における政治活動を禁止する趣旨の規定として理解されていたこと、昭和三四年の労働協約改定交渉の際、組合側は政治活動を含めて構内における組合活動をより拡大するために右一四条の削除を要求し、これに対し会社側は構内における政治活動が禁止されていることを明確にするため、同条を全面的に改定して正面から構内における政治活動禁止規定となすことを提案して双方の間に団体交渉が繰り返されたこと、右交渉過程において、当時具体的に問題となっていた事例が公職選挙時の政治活動であったことから、右に関する質疑が多く行なわれたものの、右に限定されていたわけではなく、安保条約改定反対運動等の一般的政治課題についても議論がかわされたこと、交渉の結果最終的には右一四条を労働協約の本文から削除する一方、構内における政治活動禁止を実現するために、了解事項としてこれを成文化することで労使双方が了解点に達したこと、昭和三四年一〇月三〇日労使双方は、右了解事項等三つの了解事項を内容とする「労働協約に関連する確認書」と題する書面を作成したことをそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、本件了解事項は、政治活動一般に関するものであり、労働協約と一体をなすものとして規範的効力を有することは明らかであるから(ただし、組合自体に関する部分は、労組法一六条の規定からして、債務的効力を有するにすぎないものと解するのが相当である。)、原告の右主張はこれを採用することはできない。

四  原告は、本件了解事項が労働協約と一体をなすものであるとしても、右にいう政治活動は組合活動としての政治活動であると解されるから、本件ビラ配付行為のごとく、組合員が組合活動を離れて個人としてなした政治活動にまで規範的効力は及ばない旨主張している。

しかしながら、本件了解事項の文言そのものからは、組合活動に限定される趣旨のものとはいえないし、≪証拠省略≫によれば、右了解事項にいう政治活動は組合員が組合活動を離れて個人としてなした政治活動を特に除外するものではなかったことが窺われ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そもそも本件了解事項のうち組合員に対する政治活動禁止条項は、いわゆる使用者の施設管理権に基づく職場規律に関するものであると解されるから、本来就業規則において規定されるのが一般であろう。しかしながら、職場規律も広い意味では労組法一六条にいう「労働者の待遇に関する基準」に包含されるものというべきであるから、労働協約において定めることが可能であることはもちろんであって、むしろ政治活動禁止条項等については、就業規則に定めるよりは、労使間において十分論議を尽し、表現の自由との関係に十分配慮しながら、明確な基準を設定し、労働協約として規定する方が望ましいものといえる。そして労働協約として規定された以上は、個々の組合員が組合活動を離れて個人としてなした行動についても規範的効力の及ぶことは当然である。したがって原告の右主張はこれを採用することはできない。

五  原告は、本件了解事項が労働協約と一体をなすものであり、しかも右にいう政治活動が政治活動一般を意味するものであるとすれば、会社施設を利用しまたは構内における政治活動を無条件、一般的に禁止するものであるから、右了解事項は憲法二一条に違反して無効である旨主張する。

本件了解事項が労働協約と一体をなすものであり、しかも右了解事項にいう政治活動が政治活動一般を意味するものであることは前記認定のとおりである。

ところで、本件了解事項のように、労働協約あるいは就業規則の中に、会社施設を利用しまたは構内における政治活動禁止条項が設けられる理由は、企業内における政治活動を無制限に放置すると、作業秩序(職場規律)が乱されあるいは作業能率を妨げられる等して会社業務(企業活動)に支障をきたすことがありうることによるものであって、その意味において、会社側がその施設管理者(所有権等の財産権に起因する。)に基づいて政治活動禁止条項を設ける必要性は首肯されなければならない。そして、会社業務を全面的に優先させれば、少なくとも企業内における政治活動の自由は全く否定されてしまうことになるが、政治活動の自由をそこまで制限することが許されるものであろうか。

政治活動とは、一般に政治的目的でなされる一切の言動、すなわち政治家等のなす政治的実践活動はもとより、政治上の主張や意見を、集会等の集団的行動によりあるいは単なる個人として様々な方法、形態により、対外的に表明し、訴えかける等の行為で政治的目的を有するものをいうと解されるから、政治活動の自由が憲法二一条にいう表現の自由の中に含まれることは明らかである。そして、憲法二一条をはじめとするいわゆる自由権的基本権は、もっぱら国または公共団体と国民との間の法律関係において、公権力が人権を侵害することを排除する目的に出たものであって、私人相互間の法律関係を直接規律することを予定するものではないとしても、憲法二一条が国民に保障する表現の自由は、思想の自由とならんで、民主主義国家存立の基盤であり、その健全なる発展のために必要不可欠なものとして、国民の基本的人権の中で最も高い価値を有する基本的権利であることは、過去の歴史を顧みても多言を要しないところであり、この基本的人権保障の精神は、私法領域においても、個々の具体的法律関係に内包される諸事情を考慮したうえで、私的自治の原則との調整をはかりながら、最大限に尊重されなければならない。一方会社業務は財産権の自由なる行使に起因するところ、憲法は表現の自由を保障すると同時に、他方同法二九条一項において財産権を自由権的基本権として保障しており、右基本権もまた憲法上は、国有財産制に対し私有財産制を制度的に保障したものであって(公権力の侵害排除)、私人相互間の法律関係を直接規律するものではないものの、個々の財産権もまた私人相互間の法律関係において尊重されなければならないことは当然である。ところで、国または公共団体と個々の国民との間の法律関係において、自由権的基本権といえども公共の福祉の名において制限されることが予定されているが、公共の福祉なる概念は、当該自由権的基本権を無制限に保障することにより相対立する他の基本権を侵害するおそれのある場合において、両者間の衝突を調整するための実質的公平の原理として作用するものと解されるから、自由権的基本権を制限するに際しては、具体的事案のもとにおいて、相対立する基本権双方の重要性を比較衡量したうえ、右実質的公平の原理に従って、慎重に検討されなければならない。そして、私人相互間の法律関係においても、憲法上公権力に対する関係において保障されている自由権的基本権が相互に対立する場合においては、私的自治の原則に考慮を払いながら、具体的、個別的に相対立する人権の相互的比重を吟味検討し、当該基本権が保障されている精神が没却されることのないよう相互間の調整をはかることに留意し、場合によっては民法九〇条にいう公序良俗の概念を通して、私的自治に対する制約をはかる必要があるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、まず表現の自由と財産権の対立が、労使関係において現われていることに注意する必要がある。自由権的基本権が保障されるに至った背景には、公権力からの度重なる人権の侵害という歴史的事実があり、それ故に自由権的基本権が登場した当初においては、公権力からの不可侵にこそ最大の重点が置かれて然るべきであったが、真の意味における人権の保障は、公権力が人権を侵害することを排除するだけでは達成できないものというべく、特に現代におけるがごとく、経済生活および社会生活が高度に発展しかつ複雑化する中において、公権力のみならず私人間の力関係の優劣から生じるいわゆる社会的権力からの侵害を無視することはできない。現に憲法は、二八条において労働者の団結権等を保障しており、右はいわゆる社会権的基本権として、その性質上私人相互間の法律関係をも直接規律するものと解され、その意味において憲法自ら私人相互間の法律関係の一つである労使関係については、その社会的力関係の優劣に着目して、特別の考慮を払っているものといわなければならない。さらに労使関係においては、右のごとく憲法上社会権的基本権が直接に作用することが是認されているのみならず、労使関係の成立を前提として、自由権的基本権である思想の自由を私人相互間の関係である労使関係において具体化するために、労基法三条が設けられており、表現の自由については、憲法二一条を労使関係において具体化した法律は存しないものの、表現の自由自体思想の自由と表裏一体をなすものであると同時に、社会権的基本権たる団結権等を維持するうえで重要な役割を有する組合活動との密接な関連を否定できない側面を有するから、結局のところ労使関係においては、表現の自由に対しても最大限の配慮が要請されて然るべきである。以上のごとく、労使関係という社会的力関係の優劣を前提とする法律関係に内在する財産権に対する制約に加えて、前記のとおり表現の自由は思想の自由とならんでまさに民主主義国家の根幹をなすものであること、現実問題として、労働者は一日の活動時間の半分近くを企業内において費すのであるから、労働者にとって職場は「生産の場」そして「労務提供の場」であると同時に、まさに「生活の場」としての面を有することを考慮すると、政治活動がその性質上対立的契機を内包し、場合によって政治的抗争が企業内に持ち込まれ、企業活動に支障をきたす場合があるものといいうるものの、ただ抽象的にそのような危険性があることのみを理由として企業内における政治活動の自由(表現の自由)を無条件、一般的に禁止することは、私的自治の許容限界を超越するものであり、民法九〇条の公序良俗に違反して無効であると解さざるをえず、私的自治の名のもとに右政治活動が禁止される範囲は、現実かつ具体的に会社業務が阻害される場合に限られるものといわなければならない。

六  そこで本件ビラ配付行為について検討を加えるに、本件ビラは、鳥取県青年学生代表者会議作成名義のもので、その内容はいわゆる日米安保条約の廃棄を目的とする運動への参加を呼びかけたものであって、政治的文書であることは明らかである。ところで≪証拠省略≫を総合すれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  米子工場施設部電気室電気工作班の業務内容はモーター部品の分解整備、スイッチ部品の分解整備および屋内、室外の電気配線の取り付けであった。右電気工作班の職場は二部屋あり、うち一部屋はボール盤や万力が設置され主としてモーター分解の大修理に使用され、他の一部屋は計器類の小修理等に使用されるほか、衣類かけ、長机、椅子、灰皿等があって、事実上休憩室としても使用されていた。

(2)  昭和四三年一〇月六日午後四時すぎごろ(午後四時が電気工作班の終業時刻であることは当事者間に争いがない。)、勤務を終えた原告は、右電気工作班の作業場兼休憩室(以下本件現場という。)において、同じく勤務を終えた班員の訴外持原春義(以下持原という。)に対し、本件ビラ一枚を配付して署名を求めたところ、持原は右ビラをいちべつして政治問題に関するものであることが明らかであったことから、署名を拒否してビラを原告に返還しようとしたが、原告はよく読めば署名できるはずであるという趣旨のことを言って、なおも署名を求めると共に、さらに持原に対しベトナム戦争や徴兵制度等についての見解をただしたため、原告と持原の間では、多少声も大きくなり、いわゆる押し問答のような形になった。そこで同じく勤務を終えて同所で着替えをしていた同班長訴外出石幸夫(以下出石という。)が右事態を察知して原告と持原の側に行ったところ、原告は右出石に対しても、よく読んでほしいと言って本件ビラ一枚を配付したが、同人は右ビラの配付は構内における政治活動として禁止されているからしまうようにという趣旨のことを言って、持原と同様ビラを原告に返還しようとした。しかしながら、原告は右ビラを受け取ることなく、今度は出石に対して安保条約が廃棄されなければならない事情等を訴えはじめた。持原は原告と出石との間に話し合いがはじまってから間もなく、右両名を残して当日予定されていた業務研修の会場へ赴いたが、時刻は午後四時二〇分ごろになっており、すでに研修ははじまっていた(研修開始時刻は午後四時一五分)。原告と出石はしばらく話し合った後いっしょに帰途についたが、原告および出石が構内から出た時刻は午後四時二〇分ごろであった。なお、本件現場から構内出口まで徒歩で約三分ないし四分の時間を要する。

(3)  本件ビラ配付当時他の電気工作班員はすでに帰っており、本件現場には原告ら三名以外には誰も居なかったが、右現場は三交代制二四時間勤務の電気室電気保全班の作業場としても使用される場合があった。

(4)  持原は前記業務研修に遅刻したうえ、研修にあまり熱中できず、一時間受講しただけで退席した。右業務研修は昭和四三年三月ごろ、当時米子工場において新設の予定であった二号抄紙機の制御装置に関する教育のため、電気室員有志の勉強会として発足したところ、その後電気調整班長が中心となって電気室長に上申し、会社側も研修の必要性を了解した結果、同年九月ごろからは被告会社より受講者に対し時間外勤務手当が支給されるようになった。右に伴い訓練担当班長が決められて、教育訓練予定表が作成される一方、研修回数は毎週一ないし二回、一日の研修時間は原則として午後四時一五分から同六時までと定められ、時間外勤務手当支給の関係もあって訓練担当班長が研修の出欠を取るようになった。もっとも訓練担当班長へ届け出れば研修に欠席してもさしつかえなく、現に電気工作班に所属していた七名の従業員中、本件ビラ配付行為当日の研修に参加した者は持原ただ一人にすぎず、右のとおり昭和四三年九月ごろから時間外勤務手当が支給されるようになったが、同年一〇月当時はたとえ研修時間が二時間を超過しても右手当は一時間分しか支給されなかった。なお、本件当日の研修は、やはり二号抄紙機の制御装置に関するものであったところ、右抄紙機の制御装置の繰作に関与するのは電気調整班に所属する従業員であり、電気工作班の従業員には直接関係はなかったが、電気室各班の班員の配置はかならずしも固定的なものではなく、相互に交流されることもあった関係上、電気室員全員が研修対象とされた。原告は、当日持原が右研修に参加する予定であることを知っていた。

(5)  本件ビラの作成名義人である鳥取県青年学生代表者会議なる団体は、安保条約廃棄の実現を目的とした青年労働者および学生の組織であり、原告は右団体関係者より本件ビラの配付と署名活動を依頼され、本件ビラの配付を日パ労組米子支部の組合活動としてではなく、個人の活動として行った。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、前記のとおり政治的文書である本件ビラの配付行為(署名要求行為を含む。以下同じ。)が原告個人としてなされたいわゆる政治的活動であることは疑いの余地がない。そして同じく右認定の事実によれば、本件ビラ配付行為は、原告において、ただ単にビラを配付したにとどまらず、積極的に署名を求め、あるいはビラを返すといわれてもこれを拒否し、さらに安保条約廃棄の必要性を訴えては右ビラの閲読を求める等いささか執拗にすぎるきらいがないではないが、政治活動としては一応平穏になされたことが窺われ、時間にして約一〇分間程度のものであり、しかも原告および右両名の就業時間終了後のことであったうえ、他の電気工作班員もすべて勤務を終えて本件現場を離れてしまっていたのであるから、本件ビラ配付行為が、その場において被告会社の作業秩序を乱しあるいは作業能率を低下させたりするものでなかったことは明らかである。もっとも本件ビラ配付場所が電気室電気工作班のみならず三交代制二四時間勤務の同室電気保全班の作業場としても使用される場合のあったことは、被告主張のとおりであるが、右電気保全班は作業場として常時使用していたわけではなく、しかも本件ビラ配付当時、原告ら三名以外現場には誰も居なかったことが認められるのであるから、本件ビラ配付行為により他の従業員の就業が何らかの悪影響を蒙るおそれはなかったものといわなければならない。

ところで被告は、持原の出席した業務研修は、施設部長の承認を得かつ時間外勤務手当を伴うところの研修であり、会社の業務にほかならないから、原告の本件ビラ配付行為が現に会社業務を阻害したことは明らかである旨主張するので、この点検討する。さきに認定したように持原は、原告の本件ビラ配付行為当日、業務研修に赴く予定であったところ、研修に出席したものの遅刻したうえ、あまり熱中できず、受講途中で退席したものであり、原告の行為が単にビラを配付したにとどまらず、いささか執拗であったことを考えると、持原の業務研修への参加が一部妨げられたのは原告の行為に起因するものというほかはない。ところで、前記認定の事実によれば、右業務研修は、昭和四三年九月以降においても、かならずしも業務的なものであったとは認められないものの、被告において研修の必要性を認め、従前従業員の自主的研究にすぎなかったものに積極的に加功し、担当訓練班長を定めて訓練計画にも参画し、時間外勤務手当を一部認めることによって、むしろ被告の主催する研修へと移行させつつあったものというべく、その意味において右業務研修は、本件ビラ配付行為当時すでに会社の業務としての側面をも具有するに至っていたものと解すべきである。したがって、原告の本件ビラ配付行為によって、前記のとおり持原が右研修受講に関し悪影響を蒙った以上、それはすなわち会社の業務を阻害したものといわなければならない。

そうすると、結局のところ、原告の本件ビラ配付行為は、結果的に会社の業務を阻害したものであるといわざるをえないから、右行為は、本件了解事項によって禁止される政治活動に該当するものというべきである。そして、就業規則九三条によれば、譴責処分は、懲戒処分としては最も軽微なものであることが明らかであるから、これをもって相当性を欠くものと解することはできず、被告のなした本件譴責処分は有効であるといわざるをえない。

七  損害賠償の請求について

被告は、昭和四三年一〇月一五日縦一メートル、横三メートルの白紙に、原告の氏名を「某君」として、某君の本件ビラ配付行為は明らかに政治活動に該当する違法な行為であるから、後日懲罰委員会に付したうえ、正式に会社としての処置を決定する旨を墨書し、これを米子工場内の掲示板に掲示したこと、同年一一月一日原告の右ビラ配付行為が本件了解事項、就業規則九二条一号、一二号に該当する違法行為であるとして、同規則九三条により原告を譴責処分に付したこと、同日前同様の方法で(ただし原告の氏名明示)、その旨掲示したことはいずれも当事者間に争いがない(なお≪証拠省略≫によれば右二回の掲示の掲示期間はいずれも五日間であったことが認められる。)。しかしながら、本件譴責処分が有効であることは、前記認定のとおりであるから、右二回の掲示行為についてもこれを違法ということはできず、原告の右請求は理由がない。

九  よって原告の本訴請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田勝一郎 裁判官 妹尾圭策 内藤紘二)

〈以下省略〉

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